モータシティ浜松への帰省ツーリング

モータシティ浜松への帰省ツーリング

緊急事態宣言があけたこともあり、しばらく帰っていなかった地元の浜松に帰省することにした。

名古屋から浜松へは名古屋豊橋間を結ぶ国道23号線名豊道路から国道1号線を経由すれば2時間程度で到着する。

久しぶりの浜松なので、ツーリングがてら少し寄り道をしていくことにした。まずは浜松市天竜区の入り口である二俣町を目指す。

◆◆◆本田宗一郎ものづくり伝承館

最初の立ち寄り地は前々から来てみたかった本田技研の創業者、本田宗一郎に関する資料を展示する施設である。小ぶりな施設だが、本田宗一郎の生い立ちに関する様々な展示やホンダの古いバイクの展示を見学することができる。

場所は本田宗一郎の生まれ育った浜松市天竜区二俣町にあって、レトロな建物は旧二俣町役場を改装したものになっているという。本田宗一郎という人物とともに、彼の育ったこの地域の歴史を、なんとかして残そうとしているのかもしれない。

本田宗一郎に関する年表や映像記録を見れば、小学生の理科の授業で自作の蒸気機関を披露するなどの、とんでもないエピソードに驚愕することだろう。

この日は秋の企画展ということで、ホンダのGPマシンNSR500とRC181を見ることができた。スピードだけを追求した先に出来上がった機械が、こんなにも美しく感じるのは一体何故なのだろうか。

伝承館のすぐ近くには、映画シン・エヴァンゲリオンで第3村として登場したことで一躍有名になった天竜二俣駅がある。

久しぶりに立ち寄ってみたのだが、二俣からさらに北の方ににあった祖父母の家に行く途中、この駅で親戚をピックアップして行くのが盆や正月の恒例行事だったことを思い出した。

扇型車庫や転車台を有する車両基地を見学するツアーも毎日開催されているようなので、時間を合わせれば映画で見たあの不思議な光景を目の当たりにすることができる。(僕は残念ながら少し時間が間に合わなかった。)

たくさんの列車がこの場所に行き着き、この場所で向きを変え、この場所から再出発してきた。とうの昔に定年を迎えているであろう老人の駅員が、ゆるキャンのラッピングが施された列車を見てはしゃぐ子どもたちを静かに見守っていた。

◆◆◆スズキ自動車本社

二俣からさらに北へ向かって行けば、ワインディングも楽しめる山道に入っていくのだが、今日は実家のある南へとバイクを走らせる。

知っている人も多いと思うが、浜松市はホンダの他にもヤマハ、スズキの創業の地として知られるモーターシティだ。スズキの本社は僕の実家からほど近くの可美という場所にあって、朝や夕方には青色の制服を着たスズキの社員の人達を沢山見かけたものである。

本社のすぐ近くにはスズキ歴史館という施設がある。見学していこうと思っていたのだが、予約制になっているようで、残念ながら正面にディスプレイされていたGSX-RRを眺めるだけになってしまった

これは浜松のプチ情報だが、スズキ本社のある可美地区の隣の篠原町は異常に鈴木姓が多い。僕は野球部に所属していた中学生の頃、何度か篠原中と対戦したことがあるのだが、篠原中はスタメンの約2/3が鈴木、リリーフに出てきたピッチャーも鈴木という完全なる鈴木過多状態であった。どの鈴木が盗塁が上手くてどの鈴木が流し打ちが得意なのか、走攻守に錯乱を招く強敵であった。

ちなみに、浜松市に隣接する磐田市まで足を伸ばせば、ヤマハコミュニケーションプラザというヤマハ発動機の企業博物館を見学することもできる。バイクメーカーの博物館をはしごできるのはモーターシティ浜松ならではだろう。

◆◆◆キングスランド跡地

これはスズキ本社からもほど近いただのauショップだ。ここをはじめて見た人には、確かにそう映るだろう。だけど、この近くで育った僕と同世代の全ての人にとって、ここは特別な場所だった。

ここにはかつてキングスランドという大きなおもちゃ屋さんがあったのだ。ミニ四駆も零戦もデジモンもゾイドも、僕の心を鷲掴みにしたおもちゃの数々は、全部キングスランドで買ってもらったのだ。(まあ、大抵は買ってもらえずに見るだけなんだけど。)

お城のような外観、煌びやかな店内、店の奥のディスプレイラックに飾られたカッコいい模型達。全て跡形もなく消えてしまったけど、まだ微かに頭の中に映像の断片を映し出すことができる。

敷地の隣には当時と同じくケンタッキーフライドチキンが今もまだ残っている。キングスランドに寄った帰り、運が良ければフライドチキンを手に入れることだってできたのだ。

僕にとってのサンタクロースのイメージがカーネルサンダースとごちゃ混ぜになってしまったのは、きっとこの場所のせいに違いない。

◆◆◆クシタニ本店

色んな場所で立ち止まっているうちに、あたりはすっかり暗くなってしまった。今年ももう随分と日が短くなった。

さて、浜松はバイクメーカーのみならず、バイクウェアメーカーのクシタニの創業地でもある。最近そのクシタニ本店がリニューアルオープンしたと聞き、この機会に訪ねてみることにした。

マットブラックの角波鋼板と軒裏にあしらわれた木によるシンプルな外観は、海外のガレージかウェアハウスをモチーフにしているのだろうか。なかなかカッコいい感じだ。

建物に設置された伝統の富士山マーク以外に装飾はなく、オープンしたてにも関わらず余計な立て看板やフラッグなども立っていない。この潔さは、過度なアピールを必要としない商品自体の質の高さへの自信のあらわれから来ているのかもしれない。

一歩店内に足を踏み入れれば、コンテナ風の内壁、創業当時を再現した店舗など、いわゆるハウスインハウス的な手法で広い空間に様々な場所を作り出しており、単調になりがちな箱物に思わず散策したくなるような仕掛けが施されていると気が付く。ブラックを基調とした細部の印象は、全国各地のクシタニパフォーマンスストアの延長にあるようなイメージだ。

店内の商品の陳列は少し疎な感じがしたが、昨今のパンデミックの影響によるソーシャルディスタンスへの配慮なのだろう。高い階高と直天仕上げが相まって開放感や空気の大きさを感じることができるのも、これからの店舗には必要な要素なのかもしれない。

今回のリニューアルの目玉のひとつが、店の奥に再現された創業当時の店舗の姿である。精巧さと少しばかりのあざとさが相まって、誰かの夢の中に間違って入り込んでしまったような感覚を覚える。

おそらく、創業時の想いや思想を伝えるためなの試みなのだろう。文章とかそういったストレートに伝わりやすい道具を用いればいいところを、クシタニはわざわざそれらを育んだ場所ごと錬成してしまったのだ。物体を媒介した一見すると回りくどいこの伝達手法は、ものづくりに拘り続けた歴史が導き出した答えなのかもしれない。

◆◆◆

むかし来た場所を訪れると当時の記憶が強制的にダウンロードされることがある。場所を示す座標の四次元以上のどこかには、そこを訪れた人の記憶を保存する領域があるのかもしれない。この街が保存している記憶をかき集めれてくれば、きっと十八歳の僕のクローンができるに違いない。

場所ごと保存するなんていう大それたことは、小学生の時に蒸気機関が何なのかさえ知らなかった僕にはできそうにない。それでも、今朝ベランダから見た景色がちょっとだけ綺麗だったこと、さっき食べた夕食の味が薄かったこと、誰かに使った言葉に後悔したこと、すぐに忘れてしまわないように、なんとか記録に残そうと足掻いてみる。いつか僕に似た誰かがいたことを、僕を知らない誰かに思い出してもらえるように。

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